負債には常にデフォルトの可能性がある、現実離れした新古典派経済学は不要







以前のブログ「貨幣についての誤解がデフレを長期化させた、国の借金を減らすことは間違っている」でお伝えした「現代貨幣理論」を導き出したL・ランダル・レイの師匠である、ハイマン・ミンスキーの「金融不安定性仮説」について、今回は書いてみたいと思います。

金融不安定性仮説

金融不安定性仮説とは、「資本主義というシステムは、繁栄によって安定化するのではなく、むしろ脆弱化するのであり、好景気が金融危機の危険性を高める」という理論です。

つまり、好景気のときは、このまま景気がいいままだという安心によって、借金をしてでも金融資産を買うことを始めます。しかし、一旦その景気が冷え込むと途端に借金をしていた上に、損益が出るため、一斉に金融資産を売り始め、借金を返し出します。つまりは、消費をしなくなります。

それにより、さらに景気が冷え込んでしまい、金融に打撃を与えることになるということです。

このように、好景気であればあるほど、借金をしてでもお金儲けに走ることによって、逆に大きな借金を作るリスクも増えるわけです。

好景気時にこそ、不確定性によるデフォルトと言うリスクが増大するという話です。

負債とは常にデフォルトの可能性がある

負債とは常にデフォルトの可能性という不確実性を伴います。

だからこそ、利子であったり、配当金であったり、預けたお金に対してリスクに応じた配当があるのです。

貨幣とは、負債の一形態ですが、デフォルトの可能性がほとんどないものとして、社会に受け入れられているからこそ、取引に用いることができるのです。

貨幣とは、「信頼の欠如という問題を解決する社会制度」だということができます。

新古典派経済学ではデフォルトを想定していない

新古典派経済学では、金融資産についてデフォルトが起こる可能性を排除しています。

新古典派経済学では、前から書いていますように貨幣は価値のある商品と考えます。つまり金属主義です。

ですので、取引とは、価値のある貨幣を介在して、物々交換をすることを想定しています。

しかし、貨幣とは、債務と債権を現す表券であるという、表券主義では、貨幣に価値はありません。ですので、物々交換も成立しません。

売買とは、同時に行われる物々交換ではなく、現在と将来の異なる時と場所で行われる取引のことです。

つまり、欲しいもの同士を同時に交換するものではなく、売り手が売るときに、買い手が必ずしも売り手の欲しいものを持つ必要はなく、売り手は買い手から借用証書をもらいます。それを使って、異なる時と場所でその借用証書を使って別の売り手から売買をすることができるということです。借用証書を用いて売買が出来るわけです。

つまりは、同時に行われる物々交換の取引ではなく、別々の時間と場所で売買が行えるようにできているのが借用証書の代わりである貨幣だということです。

ですので、時間の観点が貨幣の概念では必要となります。

しかし新古典派経済学では時間の概念は、差分方程式や微分方程式として表現されて、将来に起こることは確率論的に示すことができる「リスク」として表現します。確率論的に示すことができない「不確実性」は無視されます。

つまり負債の不確実性であるデフォルトの可能性も排除しているのです。

つまりは、現実を無視した学問であるのが、新古典派経済学だと言わざるを得ないわけです。

現実を無視した新古典派経済学

新古典派経済学は現実を無視しているわけですので、そこから導かれる理論は正しいわけがないのですが、恐ろしいことに国の政策に用いられるのです。

EUのユーロの成り立ちなどは、新古典派経済学を基に設計されたため、今EU各国でデフレ圧力が常にかかるという問題が顕在化し、EU世界を苦しめているわけです。

日本でも、新古典派経済学を基に、緊縮財政などの政策が取られています。なぜデフレの日本で、インフレ対策の手法である消費増税や緊縮財政が実施されているのかと言うと、新古典派経済学では、デフレが起こることを想定していないため、デフレ対策が出来ないのです。

なぜ現実を無視した学問が国の大切な判断をする際に用いられてしまうのか、まったく理解できないです。

政治家、官僚の特に財務省には、新古典派経済学に沿った政策をするのではなく、問題を正しく理解した理論的な学問を基に政策を考えて欲しいと願うばかりです。

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